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2007年05月18日 kanimaster book, generation 信じてもらえないかもしれないけど、この本、当時の高校生のバイブルだったんだぜ。
そうなんですよ(*1)。で、多分この人はそれをもって「昔の人は馬鹿だった」とか主張したいんでしょうが、僕はそうは思わない。むしろ逆のことを考える。
それは、当時の若者って言うのは、こういう若者論を、逆に自分達の力に変える、そういう力を持っていたんだなぁということ。
つまり、こういう言論を逆に彼らは武器にして、「そうだよ俺たちはあんたらみたいな古くさい人間とは違うんだよ」と言い切り、(当時の)おじさん・おばさん達の論理から「逃走」した。
ひるがえって、今の僕達はどうなのか。若者論に対し「実証的であれ!」という批判はするけれど、じゃあ若者自身で何か自分達「若者」を理論化することは出来てるのか?凶悪犯罪や荒れる成人式にたいしては「あんな若者は一部の若者」と言って、若者論批判者は彼らを切り捨てるけれど、それで「良い若者と悪い若者」に分断して、一体何が生まれるというのか。
(なお、この記事はあくまで個人的な実感に基づいたものであることを御了承ください。その上で「本当はそうじゃなかったよ」とか「あんたは特殊」という指摘は大歓迎です)
*1: って、何故僕がそんなこと知っているかといえば、それはもちろん僕がそのころ高校生だったから・・・ではなく、僕の母がこの人の本を結構持っていたから