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2007-06-13

[再録]21世紀における政治活動の困難さと展望

最近の日本の反動(勢力)というと、話題になるのは「救う会」&「作る会」の草の根保守だったり、2ちゃんねるを中心に活動する所謂ネット右翼だったり、刀剣の会と愉快な仲間達などなわけだが、しかし彼らはやることこそ派手だが、そんなに人々の賛同を得ている訳ではなく、そしてこの日本は一応曲がりなりにも議会制民主主義ですから、幾ら少数の人々が気張ったところで、多数派の人々が変わらなければ政治状況というのは動くわけがない。

しかし今日本の政治状況は確実に変わり始めている、それも悪い方に。自由が「安全保障」の名の下に奪われ、貧富の格差や失業問題などあらゆる方面で「自己責任」論が跋扈し、平和への願いはエセリアリズムとしての「国益論」に潰される。例えば現在マガジン9条では憲法9条国民ネット投票という企画を行っているが、ここでの投票では改憲派が護憲派をもの凄い勢いで抜いているのだ。これを殆どの護憲派は「所詮ネット右翼の集団投票でしょ?市民の大勢は違うよ」と言って一笑に付しているが、もしこれが本当に市民の多数派と違う意見なら、今頃はネット右翼に対抗して市民が投票している筈なわけで、そうならないということは、やはり市民の大多数は改憲容認派であることを認めざるを得ないだろう。

簡単に言うと、我々は今明らかに負けているのだ。これはどうしたって認めざるを得ない。だが一体何故?勝利者である草の根保守やネット右翼は勝因分析として「やっと日本人も自分の国に愛国心を持つようになったんだ」という風な解釈をし、そして一部の評論家も敗北要因の分析として、そのような一億総愛国者化説を支持している。

だが本当にそうだろうか?本当に日本国民はみんな、「自国の歴史に誇りを持つべきだ!」と思い、尖閣諸島は戦争を起こしてでも守るべきだと主張し、拉致被害者を救う為なら北朝鮮の人が幾ら死んでも「自業自得」としか思わない右派に変わったのだろうか?

確かに今、拉致被害者問題や歴史教科書を宣伝する為にデモに出かけたり街宣活動に参加する人は増えている。しかしその数は何だかんだ言って日本人の中のごく少数の人達であって、それこそ1960年代の「政治の季節」に比べたら本当に微々たるものであるわけです。つまり、確かに一部の日本人の間で右派思想が確実に浸透していることは認めざるをえないが、それが本当に国民の多数派を形成しているかというと、かなり疑問なのだ。

それでは一体何故日本国民は、右翼思想を手に入れたわけでもないのに反動化しているのか。その理由は↓の記事の中に隠されていると思う。

日毎に敵と懶惰に戦う―早稲田大学でビラ撒いた人が逮捕された件(id:zaikabou:20060122#1137907198)

↑の記事の著者は所謂「ネット右翼」では無い(ネット右翼だったらまだ救いがあるんだけどね)。しかしにも関わらず彼は早稲田大学でビラをまいた人は手前らの権利だけ守りたいから本当に邪魔。さっさといなくなれと言い放ち、ビラ配りを禁止することはもうちょっと穏当にすれば許されるとのたまう、反動的立場をとる訳です。

思うのだが、実はこのような反応を取る人が今の日本では多数派になっているのではないだろうか?つまり、自分の周りで誰かが「自ら(手前)の権利を守ろうとする行動」=政治活動を行うことに我慢が出来ず政治を自らから遠ざけたがり、それ故に永田町外での政治活動(=権力から離れた政治活動=反権力的政治活動)を規制しようとする反動的権力と結託し、結果日本全体が反動化している。そんな仮説が立てられないだろうか?つまり政治を嫌うからこそ、政治をしなくてすむようにしてくれる政治勢力にコミットする。そんな反政治と反動政治の枢軸が、生まれつつあるのかもと、ふと思うのだ。

そしてもしそのようなことが真実なら、政治活動家はそのようなことにどのように対処すればいいのだろうか?この記事ではそんなことについて検証していきたいと思う。

捏造される「政治」に関するトラウマ

そもそも何故この記事の作者は「政治」が嫌いなのか。例えば↓の記事では政治活動が自治活動をダメにしたと主張しています

日毎に敵と懶惰に戦う―改めて 強烈な臭いはそれらを無意味に遠ざけていないか(id:zaikabou:20051101#1130824548)

私が大学生の時、自分の学部には自治会があった。ゼミに関する情報共有だとか、有用な活動もしていたんだけど、某セクトの影響力が強すぎて、自治会に入るということは即ちそのセクトの政治活動に身を投じることと同義だった。そして、不透明な資金の流れとかいろいろ問題があって、結局、大学当局に潰されて非公認組織になってしまった。

それ以来、自治会は消滅し、大学構内の公共スペースの扱いとか、例えば喫煙の扱いとか、教授の生徒からの評価とか、学生側から大学に組織立ってアプローチする手段は極めて手薄になってしまった。

私があるサブゼミのなかで、自治会の存在意義、みたいな話をしだしたら、まるでセクトの一員じゃないか、オルグしにきたんじゃないか、という目で見られて、つまり学生のなかには自治会=政治活動=某セクト、という意識が強固に刷り込まれていたのだ。

結果的に、彼らのやっていたことは、組み合い潰し、第二組合と一緒だったのではないかと思う。いや、彼らの側に学生生活の向上なんて意識は全く無く、政治活動だけがすべてだったのだとしたら、大学側との闘争に敗れたという認識があるだけで、結果的に自治活動を妨げたことなど、どうでもいいのかもしれないが…

この記事ではまるで政治活動があったから自治活動が潰れたと言っているが、それは全くのデタラメだろう。不透明な資金の流れはどんな団体でも起こりえるし、実際に潰したのは大学当局だし、一つの自治会がダメだっただけで他の全ての自治会がダメだとレッテル貼りをするのは単なるその話を聞く学生の馬鹿さ加減が原因だ。だがしかし何故その様な政治活動を否定する為のデタラメ論理が構築されなければならなかったのだろうか?

日本で民主政治を存立させる条件としての「世界」認知

政治活動は現代の民主主義においては大体の物が「自らの権利を守ろうとする行動」として定義出来る。そしてそのような現代においての政治活動はその基礎に自然権を持つわけだが、しかしこの自然権という発想が実はとても厄介なのだ。

自然権とは、まさに人間がこの世界に生まれたとき(=自然状態)から既に持っていた権利のこと。しかしそこで私達は疑問に思う。人間は生まれたときから既にその自然権を持っていたというが、では一体その権利は何処から来た物なのか?何を根拠にそういう権利があることを認めなければならないか?

一昔前のキリスト教圏においてはこの根拠は結構単純だった。「神との契約」だ。神がその自然権に根拠を与えたという根拠をもとに、キリスト教圏の人の多くは政治活動をしてきた。神が与えた自然権なのだから、それを守るために闘うのに対しては神が正当性を与えてくれる。この考え方のもと、数多くの革命・戦争が行われてきたのだ。

そして実はそれ故に日本では戦前に民主主義が根付かなかったのだ。日本は明治維新以降あらゆる部門で西欧化したが、キリスト教の精神だけは入らなかったのだ。だから大正デモクラシーも輸入した根拠が無く方法だけの理論だけのやり取りによる、上っ面だけの政党政治に終始し、そして昭和に入ると、「八百万の神国日本」という根拠(まぁ「神国日本」という枠組みは明治以降に捏造されたものなんだが、しかしその前にいた様々な土着の神様が、その捏造の根拠を支えたのだ)に基づいた軍国主義が上っ面の民主主義を吹き飛ばし、戦争が始まったのだ。

そして日本は最後には自国ただ一つになり負けた。まぁもともと味方をしてくれる国なんて開戦初期から数国しか居なかったのだから、要するに日本は世界を相手に喧嘩を売って負けたといっても過言ではない。そして日本は「連合国軍」という全世界を代表する軍(*1)によって支配され、日本国憲法が成立し民主主義の国に変わったのだ。

しかし一体その民主主義は何を根拠にしているのか?実はそのことは日本国憲法前文を見れば一目瞭然である。

 日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し,われらとわれらの子孫のために,諸国民との協和による成果と,わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し,政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し,ここに主権が国民に存することを宣言し,この憲法を確定する。

日本国憲法前文ははっきりと、この国が自然権を保証する民主主義国家に生まれ変わった理由を「戦争」においている。ではその戦争とは一体何だったか?アメリカとの戦争?中国との戦争?いや違う。日本は「世界」に喧嘩を売って敗れ、そしてその敗戦により日本は民主主義国になることと平和国家になることを「世界」と約束したのだ。日本において平和国家であることと民主主義国家であることは同じ根拠なのだ。その根拠は即ち、「『世界』との約束」である。日本は「神との契約」の代わりに、「世界との約束」を行ったのだ。

しかし「世界」は不可視な存在になり、結果自然権の根拠も不可視になった

そしてその約束は冷戦崩壊までは確かに機能していました。何故なら冷戦期には一部の国で地域紛争は起こっていたものの大きな変化は起こらず、アメリカ=自由主義とソ連=社会主義による二分統治は変わることは無かったからです。その当時、「世界」は一昔前のキリスト教における神と同じぐらい強固なものだったのです。

しかし冷戦崩壊はその「世界」を一挙にバラバラにし、闇の中へ放り込みました。国の形だけでなく、価値観も四散したのですから。そしてその結果「世界」は不可視のものとなり、結果民主主義と平和国家の原則もその根拠を見失ったのです(更に言えば、戦争を知る世代がどんどん居なくなっているのも世界の不可視化を拡大させている。戦争とは結局世界と日本との直接の戦いであったから、戦争体験世代は世界というものを強烈に感覚に焼き付けている。ところが戦争を直接体験していない世代になると、どうしたって世界の印象は薄くなるから、ちょっと世界が複雑になっただけですぐ世界が感じ取れなくなってしまうのだ)。その状況を端的に表しているのが北朝鮮問題です。北朝鮮という見えない「世界」により、日本は不安を覚え、その不安を口実に平和国家の原則を捨て、更に有事法制という名において民主主義の制限を行おうとしているのです。

そしてそのような、北朝鮮に限らず世界のあらゆるものが見えなくなるという不安は、人々を「世界」から「日常」へと逃避させたのです。

日常イデオロギーの侵食

例えばちょっと前までは、運動家という存在は結構輝かしいものでした。何てったって自分たちが「世界との約束」によってすることが義務付けられているのに、忙しくて出来ない政治活動を、代わりにやってくれるのですから。自分は特にノンポリなのに、町でデモ行進していたりビラ配りしている人を見ると、その人の主張している内容が何であろうと声援を送る。そんな人が昔は結構居たそうだ。そして政治活動を行う人も、そのような期待に応えていた。

しかし「世界との約束」が徐々に無くなっていくと、それが変わっていった。町でデモをする人やビラ配りをしている人を見ても迷惑感しか感じなくなってしまうのだ。何しろ別に「世界との約束」なんて無いのだから、自分は何ら後ろめたさを感じることは無い。むしろ彼らは世界(とその付属品の様々なイデオロギー)が消えた代わりに最近著しく規模を拡大させている「日常」(この「日常」は空間のことを指すと同時に、その空間を機制するイデオロギーでもある)を大事にせざるを得ない(何てったって彼らにはその「日常」しか持っていないのだから)が故、そこに侵犯してくる政治活動を疎ましく思うようになる。かつては彼らが居るところは「世界(だって世界との約束を果たしているのだから)」であり、それが故に少々邪魔でも「世界との約束」を果たすためにその邪魔さを我慢しなければならないと考えられていたのだが、今は彼らが居るところはまぎれもない「日常」であり、故に人々は彼らを侵入者としてしか扱わなくなるのだ。そしてその動きが反動的政府に利用されるのだ……

どのようにしてそのような動きに対抗したら良いか?

さて、そろそろ制限時間(1/23の23時59分)も終わりに近づいてきたので、まだ説明したいことは一杯あるがそれはまた今度にし、では今私達が何をすべきか考えることにする。

私達が出来る行動は大きく分けると次の2種類だろう

  1. 複雑化する「世界」をそれでも一生懸命認知し、認知させる
  2. 「日常」のイデオロギー性を指摘・批判することで、人々を「日常」から連れ出し、「世界」に目を向けさせる

1は要するに啓蒙だ。実際に外国に行くのも良いだろうし、日本の中にある非日本(在日外国人だったり米軍基地であったり)に焦点を当てるのも効果的だ。ホワイトバンドなんかも3秒間に一人の子供が死ぬ「世界」を示したという意味で、1のやり方のかなりよい例だと思う。

2はid:sjs7:20070612:1181594679の終わりの方に書いた。またこれは祭り的イベントでおきやすい。といっても祭りに参加してしまったらそれは日常性の奴隷であって、お勧めするのは、祭りの最中にふと空を見上げ、そして空の上から自分を俯瞰するつもりになることだ。そうすると日常の構造性がなぜかとてもよく分かるのだ。

とにかく、一番いけないのはこのような日常イデオロギーに負け、政治から逃避することである。確かに今世界は全くといって良いほど見えない。しかしにも関わらず世界はある。そしてあることを認知しない限り、それに相対することは出来ないのだ。

2006年1月23日に書いた記事。

結構、戦後日本の日本国憲法が「世界との約束」であったというのは、なかなか良い視点じゃないかなぁと思うわけだけど。ただ、大多数の人は別にそんなこと思ってなかったし、活動家へのシンパシーとか書いてるけど、そんなのも本当は無かったのだろうなぁというのも、また今になって思うこと。

だから、冷戦の崩壊云々はあんまり同意しない。

しかし「日常イデオロギー」から遊離した所に世界認識があるというのは、今だからこそだけど、納得できない。確かに今の日常イデオロギー、というか今流行っている言葉を使えばサバイブ感覚だし、昔の言葉を使えば日常的感覚信仰である〈ソレ〉が全てであるという、そういう態度がシニシズムを招いているのも、また事実であろうが、そうであるからこそ、私たちは〈ソレ〉を否定するのではなく、それを認識しながら、しかしそれと対峙する、「主体」を構築しなければならないと、今は思う。

三秒に一人死ぬ子供と何もできず部屋でうずくまる自分を、どちらも無視してはならない。その二つを見据えながら、しかしそれらの感性と対峙できる「私」を、作らねばならないのだ。

あと、もう一つこの頃の自分に一言。「政治は勝ち負けじゃないよ。」

*1: もちろん実際はほぼアメリカ軍なのだが、しかし名目上は「連合国」なのだ

この日へのコメント

gen 2007/06/14 19:24
左翼闘争の流れを多少なりとも引きずっているからこそ、大学自治会が忌避され嫌われているということに気づかれているのなら…。
それを完全否定し、考え方を全く変えない限りは多数派に受け入れられることはないと思うのですがどうでしょうか?
あなた方の政治への参加のスタイルが変わらない限り、大学自治問題も解決しないでしょうし、もっと切実な問題であるはずのフリーター運動も受け入れられないと思います。
ほげ 2007/06/15 03:58
言っているあなた自身が、既にあなたの嫌いな存在と同じになってますね。残念です。