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2008-08-08

[言及]逆に問おう。今のテレビドラマってそんなにつまらない?あるいは、昔のテレビドラマってそんなに面白い?

http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2008/08/06/01.html

に対し

そいじゃここは若害っぽく「北の国からなんてつまらねーじゃん」と言っておくか/堤や野島や三谷に言われたなら納得できるけど、倉本とかいう訳のわかんないオッサンに言われてもねぇ?というのが正直なゆとりの印象

というブックマークコメントを付けたら、http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2008/08/06/01.htmlにて

  • id:y_arim media, tv, drama id:sjs7 それを主張するには、ゆとりの立場から現在のテレビドラマやテレビというマスメディアそのものを擁護する必要がある。できる? 個人的にはぜひ聞いてみたいけど、それは。
  • id:cedama テレビ番組, メディア たけしも、松本も、ウッチャンなんかもテレビには見切りを付けてる訳で、その流れがここまで及んだかな?と思う/クドカンのドラマとか企画通すの大変なんだろうな、実際のところ/よく知らないで倉本氏disる奴多すぎ(*1)
  • id:lisagasu 下で堤や三谷なら~と言ってる人いるけど、堤も野島もクドカンも三谷も同じ問題と戦ってると思う。作家の作家性が現場からも視聴者からも邪魔にされるってつらい時代だ

というような反論っぽいものを色々と受けた。ので、一々反応していこうと思う。

まず、「堤も野島もクドカンも三谷も同じ問題と戦ってる」と言うけれど、これは想像でしかないのか、実際に彼等がそういう倉本氏と同じようなこと、つまり「昔のテレビはよかったが、今のテレビはだめだ」的なことを言っている(*2)のかどうなのか、知りたいと思った。

次に、「在のテレビドラマやテレビというマスメディアそのものを擁護する必要がある。できる?」という問いだけど、これままぁ、人の価値観なんてそれこそ千差万別あって当たり前だし、僕が「今のドラマはすばらしい」と述べても、別の人は「今のドラマはよくない」と思うのは当たり前だと思う。ただ、そのようなことを前提とした上で、僕はその質問にこういう質問でもって返したい。

「じゃああなたたちは、同じ時間に『北の国から』と『踊る大捜査線』、二つが再放送されていたら、一体どちらを見たい?」と。

僕は、そこで迷わず「踊る大捜査線」を選ぶし、別に「踊る大捜査線」でなくても、「ロスタイム・ライフ」、「SP」、「時効警察」、「フードファイター」、「ガンジス河でバタフライ」、「マイボス・マイヒーロー」、「野ブタ。をプロデュース」などでも同じです。逆に「北の国から」を他の倉本氏の名作と言われている、「青春とはなんだ」、「前略おふくろ様」、あるいは倉本氏以外にも「裸の大将」、「寺内貫太郎一家」、「岸辺のアルバム」、「積木くずし 親と子の二百日戦争」などなどという風に変えてみても同じなんだよね。変わる、つまり最近放送されたドラマの再放送より見たいドラマというと、大映ドラマとか、NHK少年ドラマシリーズぐらいしか思い浮かばないし、そしてそれらはどっちかというとその時代には「異色」なものとされてきたわけでさ。

もちろん、こういう形の比較がフェアでないことも重々承知してるよ。僕は昔のドラマとして挙げたドラマのうち、見たことあるのは「北の国から」と「裸の大将」ぐらいだし、更に言えば、僕は今の時代のドラマばっか見てるから、今のドラマの優れた作品が上がりやすくなっているということもできる。でも、少なくとも僕が無い知恵絞って挙げた昔のドラマも、一応「名作」と呼ばれているドラマだよね?別に僕はそんなにドラマに詳しくないというか、むしろドラマは人より見ない方だから、断言できないけど、でも少なくともそんなドラマをあんま見ない僕の立場からすると、やっぱり昔のドラマより今のドラマの方が面白いと思えるわけだ。

別に全ての分野で「今がすばらしい」とおもっている訳ではない

誤解してもらいたくないのは、僕が「ドラマは今の方がすばらしい」と思っていても、だからといってid:y_arim氏の言うように、「テレビというマスメディアそのものを擁護」する気はさらさらないということです。何故か。

ドラマは多少面白くなってるかもしれないけど、その代わり、バラエティが面白くなくなっているように感じるからです。

これも再放送の例で考えれば簡単にいえます。「はねトビ」と「風雲たけし城」、どちらを見るかと言ったら、当然後者だし、「ヘキサゴン」と「アメリカ横断ウルトラクイズ」どちらを見るかって言われても同じ、「めちゃイケ」と「ひょうきん族」どっちを見るかと言われても同じ。ただ、僕はそうは言ってもそんなにずいぶん前からバラエティがだめになっているとは思わなくて、電波少年とか、笑う犬とか、あとウッチャンナンチャンのウリナリ(*3)も、とんねるずのみなさんのおかげですも、最初の頃は面白かった。だけどやっば今はちょっと面白くないよなぁと感じるし(まぁ、言い古されていることだけど、ネタ番組クイズ番組多すぎだよね。あと感動を狙ったり、「暴力はいけない」という規制を杓子定規に読み込んで過度な自主規制をしたり)、その点で言えば「バラエティがつまらなくなった」ことをもって、「テレビがつまらなくなった」というのはあながち間違いではないと思う。

でもだからといって、じゃあテレビという様々な内容を内包した媒体の性質を十把一絡げに良くなっているとか悪くなっているとか言えるのか、そんなことはないと思うから、僕はあくまで個別のジャンルについての意見を述べているのです。

昔のドラマに、果たして「ドラマの内容に実況中継を入れる」なんて発想が、許されたか?

で、話を元に戻して、今のドラマが面白い理由なんだけど……

簡単なことなんですよ。例えば「北の国から」にしても他の名作ドラマにしても、日本の昔のドラマって殆どほぼ「家族」と「学校」が舞台だったわけです。家族と一悶着あってそれが解決したり(*4)、教室で何か問題が起こってそれを解決したり、そんなのばっか。そして、その家族や学校の有り様も、なんか型にはまったニューファミリーとか、「さわやか○組」とでも言いたくなるようなびっちり固まったクラスだったり、要するに多様性、あるいは「様々な方向に開かれる可能性」が全然なかったわけです。

しかし今のドラマの題材の豊富さは、本当に誇るべきものがあるわけじゃないですか。科学者が主人公になったり、ケータイ電話が変形したり、やくざが高校生になったり、時効になった事件を追っかけたり……以前だったらそれこそ異端としてしか存在し得なかったような、そんなドラマが、今ではむしろ堂々と大手を振って放送される。むしろ王道なんかいけばいくほど視聴率もとれなくなってつぶれる。他と違うことこそが大事なんであって、「普通」とか「善良な市民」なんてものはもはや話題にすらならない。

このような変化がなんで起きたかっていえば、それは極簡単に言えば日本社会がそういう風に変化していったからですよ。一つの正しいライフサイクルがあるんじゃなくて、多様なライフサイクルがありうる、面白い社会へと変貌した。だからその社会の鏡であるドラマもどんどん面白くなっていったわけです。

(ふと気づいたんだけど、そう考えると実はバラエティがつまらなくなった理由も同じ理由で説明できるかもしれないとふと気づいた。ドラマっていうのが社会の鏡と考えると、バラエティっていうのは社会へのアンチテーゼなんですよね。つまり、社会の硬直した部分を切り出して、そこへの対抗として「笑い」を用いる。どっきりなんかはまさにそうでしょう。「どっきり」が面白いのは、それが「どっきり」が許されていない空間で行われるからです。ところが今の社会は、「どっきり」的な行為すらも許容してしまう。だから、「どっきり」も所詮なぁなぁになってしまって、緊張感が無くなる。芸人にとって一番の無茶ぶりが「何しても良いからとにかく笑わせて」というようなことであるとしたら、今の社会は随時それを求められているわけで、そりゃあバラエティもつまらなくなるわなぁ)

だから、もしかしたら今のドラマを面白いと思うかというのは、今の社会を面白い社会だと思うかどうかによって変わるのかもしれない。そして、僕は、やっぱり何だかんだいって下流の人間だから、何かに縛られず自由な発想でいろいろなことが出来るというのは、セーフティーネットがある限りはすばらしいと考えるけど、はてなのハイソな人々は、そんな社会では人間は堕落してだめになると考えるから、今のドラマを否定し、もっと昔の、もっと型にはまった「モラル的」なドラマを求めるのかなと。

まぁ、そうなんだかんだいっても

結局の所印象論なんですけどね。もし本気で調べたかったら、これまでの日本のTVドラマをメディア分析して、そのドラマの舞台がどんなものだったかを、量的・質的に調査しなければならないんだろう。

でも、逆に言えば、僕に反対する人も、そういうことをしない限りは印象論なんだけどね。そして印象論となると、結局勝つのは多い方なわけで、やっぱり僕は「間違っている」ことにされるんでしょうな。ま、べつにいーけど。

*1: 僕の目から見ると明らかに倉本擁護の方が多いように見えるんだけどなぁ

*2: 過去と現在の比較であるということが重要だよね。だって、そもそも論で言えば、あくまで広告メディアである民放テレビは、そもそも「作家性」とか「芸術的」というものとは親和性が低いんだから。テレビで作家性が邪魔にされるのは当たり前。問題となっているのは、その程度が最近酷いのかどうかってことなんだから。

*3: どっちかというと、その前の「やるならやらねば」が面白かったけど

*4: で、それを19年間続けたのがまさに「北の国から」な訳だけど、倉本氏を擁護してる人に聞きたいんだけどさぁ、本当にこの家族、19年間引っ張るほどの「ネタ」だったと思いますか?

この日へのコメント

y_arim 2008/08/08 10:33
なるほど。了解した。
ちょっと書き方がアレだったので誤解させてしまったかもしれない。ぼくの問いは、むしろsjs7君(の年齢というか世代というか)から見て今のテレビドラマってどう映る? テレビイラネの声がずいぶん高まっているように見受けられるけれど……という程度の、率直な疑問だった。
「ゆとりの立場から現在のテレビドラマやテレビというマスメディアそのものを擁護する意見をぜひ聞いてみたい」という感じね。
で、まあ、世代によって何を面白いと思うかなんてのは違うというか、どの世代にとっても常に面白いコンテンツってのは存在するんだろう、と思った。ぼくは80年代のフジテレビのバラエティ番組で育った世代だけれど、アレだってぼくの親世代(1940~50年代生まれ)にはずいぶん非難されていたもんだ。でもぼくはあのへんの番組が好きだった。
そういうことなんだろうな、いくらテレビの衰退が叫ばれても。まあ、きみは今のバラエティは好かないようだけれども。

ドラマの多様化には同意。ただ、もう現実社会に即したドラマ(トレンディドラマだってそうだ)というジャンルは掘り尽くされてしまってネタがないのだろうか、とも思った。
cedama 2008/08/08 20:21
どうもはじめまして。泡沫ユーザーなのでこういう形でトラバされ、少しうろたえておりますが、一応コレだけはいっとこうかと思ってレスさせていただきます。
倉本聰は、NHKとかTBS等がドラマ制作をリードしてた時代に、保守本流に組しないスタンスでドラマを作って来た人物だと個人的に認識しております。なのでそう軽々しく「老害」だとか「責任転嫁」だとか言ってしまっていいんかな?作風は違えどもむしろ三谷、クドカン…といった人たちの系譜の先にある人なんじゃないかと思ったので、敢えてはてブに書き込みました。
自分は『北の国から』よりは『昨日、悲別で』『ライスカレー』『拝啓、父上様』といった比較的「軽め」な作品が好きです。『北の国から』も含めてですが、倉本聰のドラマは登場人物の口癖とか言い淀みを全面に押し出した所が好きですね。大多亮-栗原美和子ラインのドラマじゃ決して許してくれないような他と取り替えのきかない言い回しが好きですね。いわゆる「テクスチュア」が好きなんでつい見てしまうといった方が正解かも知れません。
あと、こちらのエントリも読ませていただきましたが、バラエティの衰退には同意。一方でバラエティで不可能になったコントをドラマに持ち込んだのがクドカン、あるいは三木聡…ではないかと思ったんですがどうでしょう?